top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

尊厳について考えていました。

以前、私の先生から、プライドではなく、尊厳を持ちなさいと言われたことがあってからです。

プライドはペラペラ(薄い)だからと。

正直、私はプライドが高い、その分脆くて傷つきやすく、このプライドで苦しむこともしばしばでした。その私に、プライドではなく尊厳を持ちなさいと。

意味はわからなかったのですが、非常に心に響いたのを覚えています。


家に帰って早速(尊厳)を調べたところ、wikiには尊厳死や個人の尊厳などと書かれていました。

しかし私には抽象的すぎていまいちピントこない。


そこでまた先生に尊厳とはについて聞いたとき、両親も、友人も、お金も、家も、何もかもなくなって最後に残ったもの。それが尊厳だと教わりました。


まだピントはこなかったけど、何となくわかる。この胸の奥にあるもの。

生命、生命力。力強く、暖かい、意思力と行動力に溢れたもの。

思考でも、感情でもない、この生命感を頼りに生きていくことが本筋なのかもしれないと思いました。


尊厳についてはまだまだ考えていきます。

最新記事

すべて表示

あっぶね!パターンだった

この一週間、パターンを調教するにあたって戦い続けてきたわけですが、それが、パターンがパターンを調教していたということがわかりました。「自分は弱い」というパターンに対して、「強くならなければいけない」というパターンが戦っていたわけです。先生に教えてもらいました。 朝起きていきなり戦っていたわけですから、通りで朝からイライラしていたわけです。 そして改めて本当の「私」の立ち位置、スタンスを改めて確認し

やり続ける、それが普通になるまで

自分を見ていて思うことがあります。 パターンは強いなと。元来黒いエネルギーなので強いことは強いのですが、思考を乗っ取るほどのパターンの言い訳やら思いは本当にとめどなくあり、黙りなさい等々を連発して都度パターンから私へと意識を戻しています。 それはまるで合戦のようで、私かパターンかの主導権争いです。 ここは負けられない戦いです。優しさでも、理解でも手懐けられなかった私の暴れ馬たち。 今思えば当然かと

自分が嫌い・・

自分が嫌いだというパターン。 もう随分前に語りかけていましたが、今改めて「自分のことが嫌なのか・・」と考えていました。そしてパターンは「自分が嫌い」なのだという思いに至りました。 何で嫌なのかと聞いてみると、弱いところも、バツが悪い自分を隠すところも、そうやって保身で生きているところも、堂々と出来ずに虚勢を張るところも、そんな自分がパターンは嫌なんです。 本当は堂々と生きたいし、自分に尊厳を持ちた

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page