top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

努力すること。

この努力について改めて考えてみました。仕事での努力・・・辛くて苦しいイメージしかない・・・

スポーツ(体育)勉強、どれも面倒臭く楽しいイメージが湧いてこない・・・これは黒パターンでのイメージ(マイナスの意味づけ)じゃあプラスの良きイメージってどんなこと?そう考えた時のプラスの意味づけが、夢や目標のため、前に進むため、成長のため、生きると言うこと自体が努力かも。今の自分にとっての努力の意味づけですが、きっとこの先には、家族のためや誰かの支えのため、地域のため、世の中のため、そうやって自分以外へと努力の世界が広がっていくんだろうと思うのです。

それはどちらが正しいとかではなく、当然の道のりであり、きっと誰しもが通る道なのだと思います。この道をすっ飛ばしていくとどうしても無理が生まれ、自分を蔑ろにしたツケがまわり、苦しさや辛さが生まれると思います。それはやっぱり純粋な思いからでの他への努力ではないからだと思うんです。邪な思いとまでは言わないまでも、自分以外の誰かにする時って、どこか自分のためにやっていたりする。好かれるため、嫌われないため、いい奴だと思われたい、愛されたい、大切にされたい、しかしそう思われなかった時、そう扱われなかった時に不満や怒りや苛立ちを覚え、他への努力が苦しみへと変わっていく。

だからこそすっ飛ばさずに、自分のための正しい努力が大切なのだと思います。

この正しい努力を、根気強く続けていこうと思います。



最新記事

すべて表示

自分を律する

自分を律することに、喜びがあるのだと思います。 それは、真善美に向かって自分を進めているからのような気がします。 昔の方は作法や礼儀を重んじていました。そこに美学があり、そして真善美があることを知っていたのだと思います。自分を整え、そして律し、あるべき本来の自分へと回帰させることに、心地よさやスッキリ感を覚え、そこに向かって自分を鍛錬していたのかもしれません。 私の、楽したい、甘えたい、自由でいた

終わりはない

これができて終わり、や、定年や退職、卒業のように、この魂の学びに終わりはないのだと思いました。以前、この終わりのない魂の学びや取り組みを頭で理解した時、マジか・・・と思いました。 パターンからすると、早く卒業して楽になりたい、早く済ませて解放されたい、学びとはそういった終わりのあるもの、また面倒臭いものだと思っていたのです。 しかし自分の歩みを実感していくうちに、終わりのないことが面白いのかも、ど

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page