• 渡邊 優

先日のセミナーで、凡人の担当分野で生きていく。ということを教わりました。

自分に対しての清々しい見極めを得て、凡人として生きるというものです。

私は「凡人でいい」という新たな意味づけを聞いた時に、とても安心してほっとしたのを覚えています。


私は今まで学校や社会で競争し、勝ち組、負け組と優劣をつけられて生きてきました。普通である、凡人であることがまるでダメで、劣等なことのようにさえ思ってきました。それは強い何者かにならなければ負けてしまう、下になり、支配され、はたまた生きていけないとさえ思ってきたのです。


しかし、普通の凡人として生きていく、ということには、もうそれら、競争や勝ち負けから降りて生きていく、という新たな世界が広がっているのだと思います。


普通の凡人としてでいい。そこには、もう今までのように気張らなくていいし、今の自分を許していくことに繋がるのだと思いました。だから、安心できるのだと。


普通や凡人という、なんの色も味気も感じられないものから、新たな深さと味わいを感じた一瞬でした。普通であることの有難さ、凡人としてコツコツ積み上げていく喜び、それは何も特別にならなくてもいい、そのままでいいという、私にとっての、本来の在り方なのだと思います。

最新記事

すべて表示

今の自分の課題ですが、もっと他人に対して愛を持って接していきたい・・と思っています。 それは今までとは違う自分です。今までは自分のことだけをやってきました。自分のために自分の声を聞いて、パターンのケアをして、自分を理解して、自分を許してと・・それはそれで続けていくのですが、他人に対しても愛が持てるようになりたいと思ったんです。 物事に対してや、他人の感じていること、他人の問題に対して、何処か他人事

セミナー2日間が終わり、今消化しながら少しづつ自分の中に落とし込んでいます。 個人的な課題もさることながら、やるべきこと、手放していくこと、それらは満載のように思いました。 今という時代が変化、変動をしているとき、自分も変わっていかなければならないと思います。しかもスピード感を持って。 そこで自分の弊害となってくるのが、今までのままでいい、変わりたくない、変えたくない、という黒パターンの声です。今

外側から派生して自分の中で起こること、腹立たしさや苛立ち、悔しさ、なんとも言えないもどかしさ、分かってもらえない苦しさ、受け入れてもらえなかった悲しみ、嫌われた寂しさ、一人きりの惨めさ、そんな自分の中に沸き起こる全てのことを自分で引き受けていく。そのことを改めて実感するセミナー1日目でした。 なぜ引き受けなければいけないのか・・ 引き受けないでいると、 寂しさに耐えられずに、他人を利用して自分の側