top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

先祖にお祈りをする際、状況がキツイ時や迷っている時など、よく助けて!どっちに行ったらいい?と問いかけていました。それは、こちらからのお願いという祈りだったのです。しかしその返事はあるわけも無く、なんとなく惰性で自分で決めてきました。で、最近思ったのが、祈りの基本は感謝だよね、というものです。


今私が生きていられるのは先祖がいたからこそです。その血を受け継いで、今この肉体が存在しています。そして天や地球に対しても、命の源である空気や太陽、そして食べ物、生きていかれる環境、それを与えてもらっていることに自然と感謝が湧いて、それを祈りとして表現する。それが祈りの本質なのだと思いました。


昨日の日記のマントラも、最後に、〜さん、ありがとうございます。と言います。

パターン的には嫌なことを言われて、不快感がありながらも、ありがとうと感謝するのです。

きっと他人の言葉には、痛いと思うことや図星があったりするのだと思います。だから引っかかるんです。それはパターンであり触れられたくないところ。そこに気づかせてくれてありがとう。これがマントラの本当の意味だと思いました。


祈りって、奥が深い・・・


最新記事

すべて表示

ただそこにあるものとして

パターンに対して、パターンはいけないもの、ダメなもの、利己的で不快なもの、自他に迷惑をかけるもの、以前はそんな風に捉えていました。だってパターンのせいで苦しい思いもするし、怒られるし、まだ自分はそんなことに囚われているのかと自分を責めてしまうし、自分のレベルの低さを思い知ってしまい、そんな自分が受け入れられないし嫌だったんです。 でもパターンって本当に子供で、彼らが求めているものは、愛されたいとい

引き受ける

自分の中に起こっていることを、全て引き受ける。 といっても「あんにゃろ〜あんなこと言いやがって、このやろ〜こんなことしやがって、ムカつくやつだ!」などと思うこともしばしばあります。そして改めて思うのは「と、あなたは思っているんだよね」という言葉を紡いで、結局全て自分の中で起こっていることは全部自分の問題なんだよな〜と、思えるようになったことが、私の最近の一番の変化だと思います。 この、思えるように

求めているもの

今改めて、本当に私が求めているものを考えています。 以前であれば、他より優れることやそれを証明できるもの、もしくは他より良い持ち物など、自分がどれだけそれがあることで幸せに成功しているか、そんな自慢ができるものだったと思います。また自由もありました。それはお金で買える自由です。時間や食事に、好きな時に好きなものを食べたり、したり、買えたりと、それこそパターンが望む自由です。 そして改めて考えると、

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page