top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2025年10月2日
  • 読了時間: 2分

熊野三山と伊勢神宮、存分に神様の気を感じて無事に帰ってきました。


熊野本宮では2400年前のお社を感じながら、あまりに気がいいので数時間その場でのんびり過ごしていました。伊勢神宮ではズドンとして懐が広く、それこそ太陽のような気を感じ、のんびり散歩をしながら自分のパターンである自惚れや奢りを振り返っていました。オレオレ、俺どうよ!というやつです。


自分はどうありたいか、どうなりたいかも大事ですが、それと同じくらい大事なのが、自分を知ると言うことだと思います。そしてその自分を知ったら、最低でもそのパターンは使わないということが大事なんだと改めて思いました。


自分を変える、ということは厳しいことかもしれません。なぜなら、自分が思ってなかった自分と対面し、それを認めなければならず、更にはそこに抵抗するパターンがあるからです。それは、自分の傲慢さや甘さなどといった自分でも気づいてないパターンであり、それでいたために、まるで自分自身が壊れるような体験をします。自分はこうだ、と信じていたものが壊れる体験です。そして実はそれもパターンであることをちゃんと理解して、自分を変えていけばいいだけのことです。非常にシンプルなんです。


そして古いものが壊れないと新たなものが作れない、これも真実だと思いました。

それができるのも、この世界で生きているからこそであり、そのチャレンジをしに私たちはきているのだと思います。


魂にとっての最善を尽くす。

それが一番大切なこと。

そんなことを考えさせられる旅でした。

 
 
 

最新記事

すべて表示
小さなパターン

今回のグループで学んだ、小さなパターンにも目を向けるというもの。 読み物などからパターンが反応した際に、その声にきちんと耳を傾けるというものです。 今の自分にはちょっと無理かもとか、いや、それはまだいいとか、これはまだ手放したくないなどのパターンの思い、そんな小さな声に耳を傾けることでわかる今の自分。それって、とても豊かなことだと思いました。 自分を見て知り、成長の糧にしていく。それは今まで私の知

 
 
 
自分は分かっている・・・

久々にグループに出ると、今の自分がよくわかります。 人の話の最中に自分のことを考えていてちゃんと話を聞いていなかったなど、それもパターンでいたなど、今の自分を自覚する場面が多々ありました。 そして何よりも「自分は分かっている」というパターンです。 それは、分かっているから言われたくないにも通じます。 今年は学ぶ姿勢をしっかり持ちたいので、自分は何も分かっていないをしっかり腑に落としてあらゆることを

 
 
 
重心とか位置

パターンでいる時私は、重心が他人(外)になっているのがわかります。 それは、他人からの評価や視線、どう見られるかなど、自分をよく見せようとか、賞賛が欲しいなどの他人への重心(依存)です。 しかし「私」はどうありたいのかを考えると、そこでは重心が他人から自分に変わります。 自分の在り方という中心に重心が戻るのです。それは他人からではなく、自分で自分を認められる自分でありたいとか、襟を正したいとか、誠

 
 
 

コメント


​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page