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  • 執筆者の写真渡邊 優

私が今までで一番学べた場面はどんな時だったか・・・

やっぱり、体験した場が一番だったようにも思います。

頭で考えて、理解できたか・・・いや、頭の悪い私にはそこは無理で、体験して、感情が生まれ、初めて諦めがついたり、はたまた今一度自分のレベルを認識して、また頑張ろうと思えたり、反省したり、悲しんだり、落ち込んだり、そうやって学んだのが一番自分の血と肉になっている気がします。


ワークもそうで、最後は実際に社会という現場で自ら選んでいくことで、変容が生じます。

そのワークも実は、本当に苦しまないと自らやらなかったのが実情でした。藁にもすがる思いでやり、初めてワークの良さを体験したのです。ワークの良さとは、本当は何に自分が悩み、苦しんでいたのかが明確になり、そこへの理解が深まることです。


それからというもの、頭でウンウンと考えて悩んでいる状態が随分減ったようにも思います。

大事なことは、どんどんチャレンジして、体験していくこと。

その体験で嫌なことがあればまたワークをすればいい。それだけのこと。

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