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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2019年10月24日
  • 読了時間: 1分

昨日は上野の森美術館のゴッホ展に行って来ました。

絵画に無知な私でも、実物の糸杉の迫力に感動。


今回のゴッホ展はゴッホを知らない方でも楽しめるように、時系列で弟テオへの手紙が貼られていたりと、ゴッホの心情や考えている人物像が出てきて楽しめます。


前期の茶色い農民たちを描いた作品から、後期の色鮮やかな作品になる過程がよくわかって良い展示でした。

特にアルルからの、印象派のカラフルな色彩を取り込んでいった絵が私は好きです。


拳銃自殺をする前の作品に書かれていた、弟テオへの手紙に、

「そうだ、僕は絵に命を懸けた。そのために半ば正気でなくなっている。それも良いだろう。」

命を懸けるほどの絵に対する情熱、一体どんな思いで描いていたのだろうと想像をかき立てられます。

正気に戻った時の絵に、主治医も驚かされたと書いてありました。

正気と正気じゃない時って一体どんな心情だったんだろう。

手紙がリアルで、ハラハラドキドキする展示でした。


命を懸けるほどの境地、経験してみたいです。





 
 
 

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