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  • 執筆者の写真渡邊 優

3歩進んで2歩下がるとはよく言ったもので、自分を見ているとつくづくそう思います。寧ろ、1歩進んで0.9歩下がるくらい、魂の成長とは0.1歩ずつの歩みのような度合いです。

それほど今まで使ってきた黒パターンという、自分自身だと思い込んできた、考えや行動や思いこみの癖が、自分自身に染みついているのです。また意識しずらい咄嗟の反応までもがパターンに支配されているのもよく分かります。

そう考えると、1歩進んで0.9歩下がるというのは当然と言えば当然かも知れません。

だからこそ、その0.1歩が実感できた時、喜びがあります。その喜びはきっと、魂の喜びなのだと思いました。何せ、意思の力で自分を変えているのですから。


一般的には、性格は変わらないとよく耳にします。ですが、そんな自分の性格を変えるのですから、黒パターンからしたらきっと、自分の存在価値がなくなると思い、必死に抵抗します。この抵抗こそが、一番の苦しみだと私は感じています。


きっと他人からしたらそんなことをして何になるのだろう?と思うかもしれません。かつての私もそう思っていました。ですが、0.1歩でも自分を前に進めることほど魂にとっての喜びはないと思います。

他人にどう思われるかよりも、自分がどうあるか、そちらの方が大事です。


今日も自分の1歩を進めるために(戻るけど)上を向いて歩こう。

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