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  • 執筆者の写真渡邊 優

今日は待ちに待った茅ヶ崎セミナーです。

毎回ですが、今回はどんな学びがあるのかと、この真理に対する学びを楽しみにしています。

そしてどうして楽しいのかと考えました。この魂の道場は道場というだけあって厳しい場所でもあります。魂の鍛錬、研磨、より本質に近づくために余計なものを削ぎ落として内面を鍛えていく場でもあり、一番見たくない、耳が痛い自分を見たり聞いたりする場でもあります。


恐らく「道」という名がつくところはどこも同じで、柔道でも剣道でも、書道でも花道でも茶道でも、ただ上手くなるというだけのものではなく、それを通して人間性までをも鍛えていく。そこには確かな人間性や正しい心の在り方などが求められるのだと思います。


道場では学べば学ぶほどに真理を知り(まだ経験していませんが)目が覚める思いをします。

この目が覚める思い、気づきが、私にとって楽しいにつながるのだと思いました。


この終わることのない長い道のり、時に厳しくもあり、時に優しくもある道を楽しみながら、学んで行きたいと思います。

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