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  • 執筆者の写真渡邊 優

自分を律することに、喜びがあるのだと思います。

それは、真善美に向かって自分を進めているからのような気がします。


昔の方は作法や礼儀を重んじていました。そこに美学があり、そして真善美があることを知っていたのだと思います。自分を整え、そして律し、あるべき本来の自分へと回帰させることに、心地よさやスッキリ感を覚え、そこに向かって自分を鍛錬していたのかもしれません。


私の、楽したい、甘えたい、自由でいたい、という黒パターンの求めるそれは、思い通りに生きたい、自由気ままに生きたいというものでした。きっとそこには、今の私には自由がなく、楽しくもない、だからそこを求めていたのだと思います。


しかし自分の中に自由と楽さが育ってくると、自由の中には、自分を律し、襟を正すという新たな意味づけも生まれ、それを選ぶことに心地よさを感じます。厳しさや強さにはきっと、甘えたいという弱さを含んだ大きなものがある気がします。

本当の「私」の持つ資質には、あらゆる黒パターンを飲み込める大きな力があるのだと思いましました。だから、愛と呼ばれるのだと思います。愛は強さ。

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