top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

親のせい、他人のせい、あの人がこう言ったから、本気で親のせい、他人のせいで自分がこうなっている、こんな感情が湧き上がっているんだと真剣に思っている時期がありました。他人が原因だと、だから自分は悪くないと。

でも今なら分かります。自分の弱さが原因だったのだと。

どんな環境にあっても、やる人はやるし、人のせいにしてやらない人はやらないです。

どんな状況であっても、引き受ける人は引き受けるし、逃げる人は逃げます。自分に起こる出来事や責任から逃げるんです。

どんな環境にあろうとも、自分の人生をしっかり生きる人は生きるし、人のせいにして自分の人生や課題と向き合わない人は向き合わないです。

私はまるっきり向き合わなかったし、引き受けもしないし、逃げてきました。だからこそよくわかります。


パターンは誰かのせい、何かのせいにできたら、プライドやメンツは保たれると思っています。何かのせいにすることはとても簡単で、しかもホッできます。でも、前には進みません。成長はないんです。


自分の問題や、自分の課題だと引き受けるのには強さが必要です。

それは覚悟や、勇気や、受け入れ、受容する強さです。気づいてしまうともう元の引き受けない生き方は気持ちが悪くて選べません。それを少しづつ広げ、作っていく。

それをやっていこうと、お盆に思うのでした。


最新記事

すべて表示

ただそこにあるものとして

パターンに対して、パターンはいけないもの、ダメなもの、利己的で不快なもの、自他に迷惑をかけるもの、以前はそんな風に捉えていました。だってパターンのせいで苦しい思いもするし、怒られるし、まだ自分はそんなことに囚われているのかと自分を責めてしまうし、自分のレベルの低さを思い知ってしまい、そんな自分が受け入れられないし嫌だったんです。 でもパターンって本当に子供で、彼らが求めているものは、愛されたいとい

引き受ける

自分の中に起こっていることを、全て引き受ける。 といっても「あんにゃろ〜あんなこと言いやがって、このやろ〜こんなことしやがって、ムカつくやつだ!」などと思うこともしばしばあります。そして改めて思うのは「と、あなたは思っているんだよね」という言葉を紡いで、結局全て自分の中で起こっていることは全部自分の問題なんだよな〜と、思えるようになったことが、私の最近の一番の変化だと思います。 この、思えるように

求めているもの

今改めて、本当に私が求めているものを考えています。 以前であれば、他より優れることやそれを証明できるもの、もしくは他より良い持ち物など、自分がどれだけそれがあることで幸せに成功しているか、そんな自慢ができるものだったと思います。また自由もありました。それはお金で買える自由です。時間や食事に、好きな時に好きなものを食べたり、したり、買えたりと、それこそパターンが望む自由です。 そして改めて考えると、

Comments


bottom of page