• 渡邊 優

最近自分のレベルをつくづく痛感しています。平凡なのは当然のことですが、いや、平凡よりも下ですね。そんな自分には沢山の黒パターンがあって、なかなか白を選べずにいる弱い自分がいたり、どちらかといえば今まで漆黒の黒パターンで生きてきて、まだその余韻をたっぷりと引きずっている。そんなレベルの自分です。


そんな自分を痛感し、ショックでもあり、結構やってきたんじゃない?自分、なんて思っていたことに恥ずかしさや情けなさも感じています。


しかしながら、結局は今の自分のレベルをちゃんと認識して、足元をしっかり見て、一歩一歩頑張っていくしかないのだと思いました。


そして自分のことなので、誰かがやってくれるわけでもなく、できるわけでもない、また誰に頼ることもできない、自分でやるしかないという覚悟を、初めて理解したのかもしれません。


私のパターンは兎角誰かに頼ろうとします。

それは、認めてもらって安心を得たり、理解され大切にされて自分に価値を得たりします。

そのパターンが顔を出すたびに、でかいノートに書いて、語っている最中です。


今はこの自分のレベルから目を逸らさず、しっかりと向き合っていこうと思います。

なぜなら、そこからしか進めない。




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