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  • 執筆者の写真渡邊 優

自分が好きか?と聞かれたら、どうだろう・・好きではないかもしれないな、というのが正直な感想です。そして時々無性に自分が嫌になる時があります。もちろんパターンなのですが、この気持ちは定期的に訪れて、今朝がその日でした。


パターンが自分を嫌だと思うのが、思い通りの自分にならない時、進歩のない自分を見た時、いつまでも変わらない臆病で弱い自分を感じた時、そうであると、イライラして悔しくてストレスを感じます。


だから、自分が嫌だとパターンは言います。


以前の私は、そんな自分を乗り越えようと、必死に頑張り、奮闘していました。

強さの象徴とは、出世か、お金か、社会的地位か、権力か、それを代替えとして頑張っていたんですね。しかし、本当の強さとは、外側のものではなく、内側の強さです。それは覚悟であり、勇気であり、本気度であり、その人の芯となるものです。


この芯を作るために、今も学んでいるわけですが、人の内側の成長には時間が必要だと最近ようやく解ってきました。「自分が嫌だ」というパターンにも時間をかけて、ゆっくり語りかけていこうと思います。もう思い通りにしなくていいと。


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