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  • 執筆者の写真渡邊 優

自分を律するということに、自分に何を与えるのかがあると思います。

スマホやテレビから、恐怖や不安を煽るような情報を自分に入れることもできるし、また自然や芸術から美しいものを自分に与えることもできます。そもそも不安や恐怖を煽る情報は、自分の中にそれがあるから求めるのであって、元々は自分の問題です。私自身、自分を見ていてそう思いました。また統計的には心配事の96%は起こらないという数字もあるように、そのほとんどが取り越し苦労なのかもしれません。


普段生きている私たちの周りには黒パターンを魅了するものが沢山あります。

お金にまつわること、異性にまつわること、承認欲求を満たすSNSや物品、数え上げたらキリがありませんが、黒パターンが虜になるようなもので囲まれています。


そんな中で美しいものを自分に与え、いい音楽を聴き、美味しいと思えるものを食べて、良き心(動機)を持って行動に移していく。それは自分にとって本当に大事で、良いことだと思いました。

情報を求めるのではなく、一歩外に目を向けたらそういうものが沢山あります。


ということで今日はマティス展へ行ってきます。

この方の色使いが本当に美しい。

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