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  • 執筆者の写真渡邊 優

サーフィンをしながら波待ちをしている時に、いつもの、「負けたくない」「舐められたくない」「俺の方が上」「全て思い通りじゃなきゃ嫌だ」これ系のパターンを見ながら語りかけをしている時にふと思ったことがありました。「あれ?そもそも俺って、昼間から好きなことやって、ご飯が食べれて、家族がいて、仲間や友達がいて、自分のための学びができて」これってすごく幸せなことなんじゃね?と一人ツッコミを入れ、パターンはあるものはあるとして、大事なことを忘れていたような気がしました。それは、こんなに恵まれていたのに感謝していなかったのです。むしろ思い通りにならないことに不満さえ覚えていた。


雲の隙間から覗く太陽を見ながら、「違う、違うぞお前!」と、そんなことを諭されたようでした。

そうすると先程まで抱いていた不満が溶けていくような感覚となり、この感謝の気持ちは決して忘れないで、この胸にしっかりと抱いて日々を生活していこう。


そんな基本的で大切なことを教わった午後の陽だまりでした。



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