- 渡邊 優

- 4月14日
- 読了時間: 2分
語りかけにちょっといれる、「私」はそうは思っていないけど。
この一言で、我に返ったり、パターンとの距離がしっかりあるのがわかります。
パターンでいた時間が長ければ長いほど、意識はパターンと同一化しますが、この一言でパターンとの大きな隔たりを感じます。この距離感が、とても大事だと思いました。
今思い返すと、「私」がパターンに甘えていたのだと思います。意識的に生きることから、意志を強く持つことから、どこかで逃げていたのだと思うんです。
きっと、それが面倒だ、というパターンでもいたと思います。
面倒だというのは、いちいち自分を見ることに、自分について考えることにです。
それは、自分の内側が全て自分の問題であるということを、認めたくなかったからだと思います。
物事を他人のせいにできたら、自分が正しいままでいられますし、自分の非を認めなくても済みます。それはつまり、自分が傷付かなくて済むということ。
大事なことは、傷ついていいし、自分の非を認めてもいい。これが自分の問題であるということを腹に据えて、パターンとは違う視点で、自分はどうありたいのかと問い続けることだと思いました。
そこには、自分に対しての誠実さや、正直さや、強さや、勇気が必要です。
他人どう思われるかよりもよっぽど大事なことのように思います。
それが、自分の哲学を作ることだと思いました。
「私」はそうは思っていないけど。
そこには「私」の意思が宿っているようです。

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