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  • 執筆者の写真渡邊 優

現実の自分というところをちゃんと見ていこうと思います。

それはパターンを含めた今までの自分のあり方、考え、行動、そういった自分です。

具体的には、弱さあり、プライドもあり、こだわりありと、様々な囚われがある中で、それら一つ一つをただあるものとしてどう捉えていくのか。

パターンを自由にさせない生き方というのは、まずは自分を知ること(自分のパターンを知ること)から始まり、それとどう向き合い、対処し、選択していくのかだと思います。


その一連の中での最初の最初、現実の自分を知るというところ。

ここが出発点になるので、自分を見るという行為がどれだけ大事かが伺えます。


しかしほとんどの人が自分を見ることが苦手です。私もそうですが、そこには自分へのジャッジが含まれているのだと思いました。見たくない自分、見てもいい自分。その違いはきっと、自分に対する良いところ、悪いところで判断しているのだと思います。


その判断をなくし、ただあるものとして捉えたとき、私の場合、肩の力が抜ける思いがしました。

もうパターンで頑張らなくていいと・・・

それほど黒パターンの、自分に対する(こうあるべき、こうあってはならない)の思いが強かったのだと思います。


現実の自分というのは、ごくごく普通の、平凡な自分です。

もしかしたらパターンは、そんな平凡な自分を嫌がるかもしれません。素晴らしい特別な人間になりたいと・・そのパターンもあるものとして捉え、ケアしていく。そうやって自分の一つ一つをちゃんと現実のものとして見ていくことが、そのままの自分でいいと思える土台になるのだと思いました。


現実のそのままのパターンがあっていいと。



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