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  • 執筆者の写真渡邊 優

自分への諦めを感じている時、自分の黒パターンに対しても諦めている感じがあります。

それは、今まではパターンをどうにかしなければ、乗り越えなければ、という、なんというか押さえつける感覚や抑圧だったり、なんとか自分のパターンを変えようとしていたのだと思います。そのままでいいと言いながらも、苦しいからだったのか、辛かったからなのか、はたまたこんな自分ではダメだと思っていたからか、もしくは他人の評価を気にしていたからか、きっとそのどれもであったと思います。


諦めが肝心とはよく聞く言葉で、その真意が最近やっとわかってきたような気がします。

諦める=明らかに認めること

これは先生から教えてもらったことですが、まさにそのような感覚で、明らかに認めるところからしか新たな出発はないのだと思いました。現実の自分を認めるからこそ、そこから自分との本当の付き合いが始まるのだと思います。


自分との本当の付き合い。そこには無理のない安心感を感じます。

自信にも似たようなしっかりとした落ち着きがあり、これでいいという安心感です。


諦めが肝心。

大事なことだと思いました。


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