top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

最近、ご先祖様への祈りの際に、祖母、祖父の顔を思い出します。

心配している顔、笑顔の顔、その時々で変わりますが、祖母が心配している時の顔つきは、私が大体間違っている方へ向かっている時に出てくる顔つきなのです。


以前、ここの日記でも書いた仕事をしようと思った時も、朝の祈りで祖母は、とても心配そうな顔をしていました。そして、その仕事はやっぱりやめて、今いるこの道を信じて歩いていく、と決めた時は、笑顔の祖母がいたのです。

それは腑に落ちた瞬間でした。


最近思うのは、こうして先祖の方々は応援してくれたり、色々な形でサインを送っているのだと思うのです。気のせい・・・と言われればそれまでですが、最近は何度かこのような体験をし、もう無視はできないという確かな感覚があります。


自分にしかわからない新たな指針。大切にしていきたいと思いました。

最新記事

すべて表示

自分を律する

自分を律することに、喜びがあるのだと思います。 それは、真善美に向かって自分を進めているからのような気がします。 昔の方は作法や礼儀を重んじていました。そこに美学があり、そして真善美があることを知っていたのだと思います。自分を整え、そして律し、あるべき本来の自分へと回帰させることに、心地よさやスッキリ感を覚え、そこに向かって自分を鍛錬していたのかもしれません。 私の、楽したい、甘えたい、自由でいた

終わりはない

これができて終わり、や、定年や退職、卒業のように、この魂の学びに終わりはないのだと思いました。以前、この終わりのない魂の学びや取り組みを頭で理解した時、マジか・・・と思いました。 パターンからすると、早く卒業して楽になりたい、早く済ませて解放されたい、学びとはそういった終わりのあるもの、また面倒臭いものだと思っていたのです。 しかし自分の歩みを実感していくうちに、終わりのないことが面白いのかも、ど

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page