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  • 執筆者の写真渡邊 優

思い出しました。私も散々自分を見るのが嫌だったのを・・・


自分を見ることにまだ慣れていない頃、自分を見るのが嫌だったんです。

当時の語りかけを引っ張り出すと、そこにはこんなことが書かれていました。


そうだよね、自分を見るのが嫌だと、あなたは思っているんだよね。


なぜならば、自分のダメで嫌な部分は見たくないし、そんな嫌な自分を見たらどうしていいかわからないし、そもそも自分はできていると、あなたは思っているからなんだね。


そうであると、自分を見るのが怖くて、不安で、臆病になると、あなたは思っているんだね。


だから、自分を見るのが嫌だと、あなたは思っているんだよね。


そんなあなたのことを〜〜


そう、自分にはダメで嫌な部分があってそこは見たくないし、そもそも自分はデキた人間だから見なくてもいい、そんな風にパターンは思っていたんです。だから見たくないし見る必要もないと。


パターンって蓋をするんです。自分のバツの悪いことに、さらに自分に対して何割か増しで自分を過大評価までする。パターンの求める自分ではなく、そのままの自分にOKが出せたらきっと、自由で自分らしくいられると思うんです。そのための差別もジャッジもない語りかけであり、ワークなのだと思いました。


だから続けていこう。

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