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  • 執筆者の写真渡邊 優

最近、心のカラクリを読み直していて、本当にそうだなと、今になって身についてきたと思うことがありました。

「感情は、誰かが自分に何かを言ったから、何かをされたから生まれるものではなくて、自分のパターンによるものです。」この文言をちゃんと理解できるまで、自分の腑に落ちるまで随分と時間がかかったように思います。


きっと誰でも最初はそうですが、こんなことを言われた、されたから腹が立った、傷ついた、そう思うと思います。じゃあパターンがケアされたら腹が立たないのか、悲しくならないのか、聖人のようになれるのか、もまた違います。自分の感情は自分のものとして引き受けていく、ということが大事で、パターンをケアして引き受けた後、あとは私が主体となって決めていけばいいんです。


そこに、健全性があるのだと思いました。

感情に飲まれている時はどうしても冷静な判断ができません。

むしろ誤った判断をすることの方が多いです。それに気づいて右往左往することすらあります。

大切なことは、黒パターンで行動しないということだと思います。


そういった健全な自分になるためにも、この部分は今一度、ちゃんとリマインドしようと思います。

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