• 渡邊 優

思い通りじゃなきゃ嫌だ!

というパターンはもう随分と昔、幼い時、年齢でいうと3歳くらいからあった記憶があります。

私は癇癪持ちだったので、思い通りにならない時は強烈な圧迫感とストレスが襲いかかり、癇癪を起こして何とか思い通りにしようとしていたのを覚えています。


この感覚が何だかわからなかった時は本当に苦しみながら苦労していました。

思考で物事に対処して処理し、ストレスやパターンをおざなりにして、自分のケアをしてこなかったからです。

それほど強烈な感覚がこのパターンにはあり、その感覚は今でも思い通りにならないことが起こると出てきます。


しかし、最近の白黒ワークで見えてきたことは、思い通りにならないことに耐える、ということではなく、思い通りにならない現実を受け入れるということ。それは柔軟性に繋がり、少しづつ自分を柔らかくしていくことになるのだと思います。それはこのパターン(思い通りじゃないと大変だ!生きていけないぞ!)から解放されて楽になっていくことなのだと思いました。


3歳という幼い時から記憶としてあるほどのパターンです。これはもはや前世から持ってきたものとしか思えません。そんな古の昔からある「思い通りじゃなきゃ嫌だ」という私のパターン、気づけた今こそチャンスです。しっかりとケアしていこうと思います。



最新記事

すべて表示

もう抗わない

「思い通りにしたい」「思い通りじゃなきゃ嫌だ」「思い通りの自分じゃなきゃ嫌だ」 この私のパターンは、目の前の現実、もしくは現実の自分に抵抗し、抗っているのだと思いました。現実という世界に抗えば抗うほど、苦しさ、悔しさ、もどかしさは強くなり、それはまるで川の流れに逆らって泳ぐかの如く、もがき苦しむようです。 それは時に理想の自分像を追ってみたり、理想の結果を求めてみたりと、現実とは違う、何か理想郷的

夫婦喧嘩は犬も食わない

両親がめっちゃ夫婦喧嘩をしているんですね。 その模様が毎日LINEで父、母の両方から飛んできます。 その二人の内容は、お互い怒りに満ち満ちており、できる限り聞くようにしていますが、その度に私のパターンは騒ぐのです。 特に父に対しては「もっと母に優しくしてほしい」「もっと母を理解してほしい」このあたりが騒いでどうしても母親の肩を持ってしまう。 そうするとイラッとして、腹が立って、三行半をつけてしまう

待つということ

自分を待つ。 自分の成長を待ってあげる。この意味が当初理解できませんでした。 結果と成果が重視される社会にどっぷりと浸かっていた自分には、自分を待ってあげるということがどういうことか理解できなかったのです。 自分の成長、成果、結果をもっと早く手に入れたい。 そのあまりに慣れ親しんでいたパターンは、何事にも行動が必要で、努力があって、それに対する目に見える結果という対価が必要だと信じていたのです。