top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

先日の同窓会で学んだこと。

それは、今まで自分がどれだけ他者と自分を比べてきたことがバカらしいことだったのかと、痛感しました。

誰にも変えられない、誰とも比べようのない自分だけの人生。

そんな個性的な人生を誰もが生きていて、色んなことを学んでいる。

それぞれの魂がそれぞれのフィールドで思いっきり生きて学んでいる。


経済的なことに没頭しているものもいれば、自分の好きなことに没頭しているものもいる。

本当に千差万別だった。

自分たちの人生を、自分なりに頑張っている姿は凛々しくもあり、立派にも見えた。

そんな彼らの人生と、私の人生を比べることなんかできるわけがない。

そもそもが違うのだから。

そんな厳然たる事実を突きつけられて腹落ちしたのでした。

そういった意味でも、すごく勉強となった同窓会でした。


〜比較をするパターン〜

この比較というものは勿論パターンがしていたのですが、誰かの話を聞きながら常に自分と比較し、勝った負けたと自分自身をジャッジしていたのです。

こんな風に自分をジャッジしていたら辛いのは当たり前。

自己否定しているのだから。

勝っても同じ、常に負けないことを考えてビクビクしているのだから不安は同じだけ持つ。

そんな時に私ができることは一つだけしかない。

それは比較から降りること。

そして降りると不思議なことが起こった。


1集中力が増す。

2他人が気にならなくなる。

3純粋に楽しめる。

4自分のやるべきことがはっきりと分かるようになる。(明瞭になる)


おかげでやるべき仕事が見えて来て、今は集中してPCに向かうことができています。


いろんな意味で学んだことの多い、楽しい同窓会でした。



最新記事

すべて表示

自分を律する

自分を律することに、喜びがあるのだと思います。 それは、真善美に向かって自分を進めているからのような気がします。 昔の方は作法や礼儀を重んじていました。そこに美学があり、そして真善美があることを知っていたのだと思います。自分を整え、そして律し、あるべき本来の自分へと回帰させることに、心地よさやスッキリ感を覚え、そこに向かって自分を鍛錬していたのかもしれません。 私の、楽したい、甘えたい、自由でいた

終わりはない

これができて終わり、や、定年や退職、卒業のように、この魂の学びに終わりはないのだと思いました。以前、この終わりのない魂の学びや取り組みを頭で理解した時、マジか・・・と思いました。 パターンからすると、早く卒業して楽になりたい、早く済ませて解放されたい、学びとはそういった終わりのあるもの、また面倒臭いものだと思っていたのです。 しかし自分の歩みを実感していくうちに、終わりのないことが面白いのかも、ど

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page