top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

元々他人の顔を窺う癖のある私ですが、この際、それは一体何なのだろうとパターンを探してみました。それは嫌われたくない、というパターンなのですが、このパターンは元々あって、騒いだ都度語ってはいましたが、今回のパターンの言い分は全く違うものでした。それは、自分の意味づけ強く反映されているものだったのです。


なぜならば、嫌われるとは、自分に価値がないということだし、権利もないし、嫌われるほどダメ人間だと、パターンは思っているんです。嫌われる=ダメ人間で価値もなく権利もない。

もしくは、嫌われる=切られる、捨てられる、そんな感覚すらも覚えます。


きっと今まで、誰かを嫌ったり、嫌われたりする中で、このパターンは育ってきたのだと思います。


目指すところはきっと、嫌われても一人で生きていかれる自分になることで、他人を使わない自立した自分になることだと思いました。


この嫌われたくない、というパターンは根深く自分にあるものなので、少し時間をかけて向き合っていこうと思います。そして本当の意味で、もう嫌われてもいい、を選べた時、そこには自由がある気がします。相手への自由と、自分への自由が。

最新記事

すべて表示

やっぱり自立

ここにきて、やっぱり自立が私にとって一番大きな課題なのだと思います。 今まで私のパターンは誰かに、何かに自分を支えてもらいたくて、分かってもらいたくて、受け入れてもらいたくて、それこそ必死に、それがないと生きられないとさえ思い今日に至りました。 母親に対する依存的なパターンも、地位や権力や財力に依存するパターンも求めているところは同じで、思い通りに分かって欲しい、愛してほしい、思い通りの人生にした

ショボーン

昨日、ピアノレッスンの帰り道、しょぼ〜んと、妙にぐったりして帰りました。 久しぶりに、しょぼ〜ん、とした気がします。 しょぼ〜んとした原因は、レッスンの際に「汚い!音が汚い!ダメダメ!切るな!」の言葉を連発して浴び、あんなに練習してきたのにそんな言い方しなくたって・・・音符を読んで弾くのが精一杯だよ・・というパターンの思いに飲み込まれて、しょぼ〜んとしてしまったのです。 心がしょぼ〜んとして、体は

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page