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  • 執筆者の写真渡邊 優

昨日は久しぶりに実家に顔を出してきました。

来週人工内耳の手術を控えた母親の様子を見に、母の好きなうなぎを持って行ってきたのです。

母は手術に対する不安は少しありながらも、父親とのコントのような掛け合いは健在で、何度も爆笑して帰ってきました。


私は昔父親との確執が非常に強く、まさか自分がこんな風に家族4人で食事をしたり、笑ったり、時に喧嘩をしたりと、普通の暖かい家族の体験が出来るとは思ってもいなかったのです。

それほど強い負の感情とエネルギーを父親に対して持っていました。


しかしその経験があったからこそ、本気で自分と向き合うキッカケとなったのです。

それはつまり、私の父親という+の意味づけが、本気で自分と向き合うキッカケを与えた存在だったのです。


そう考えると、無駄なことなど一つもない。一見嫌で辛く苦しい出来事でも、後になってみたら大きなギフトになっていたんだと実感する、楽しい家族の団欒でした。

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