• 渡邊 優

私の母は耳が悪く、補聴器をつけてもあまり聞こえない状態で、補聴器をつけていないと全く聞こえない状態でした。その状態は車のクラクションなど全く聞こえない、全く音のない世界だったようです。その母が人工内耳の手術を先日受けて、随分と聞こえるようになりました。本人も相当嬉しかったらしく、終始機嫌も良く、ストレスフリーで幸せそうでした。


今までは聴こえない、ということで会話に入れず、寂しい思いをしていたし、テレビも字幕がある番組だけで、特に面白くもなかったと言っていました。この最新医療の力は本当にすごくて、耳の裏に機械の耳をつけることにより、そのマイクで拾った音波を耳内部の蝸牛にある音の神経へと直接送り、電気信号を音として認識するという新たな試みです。直接見ましたが、もう人造人間でした。先天性の難聴もこれで治るとのことです。


今回思ったのは、私たちは色々なことを受け入れないから苦しみます。母も随分と苦しそうでした。

しかし、受け入れられないことは受け入れらないとして、化学や医療の力を借りることも全然ありだし、受け入れられないこともあっていい。受け入れられない、という想いを受け入れていこう。そういうことなんだと思いました。無理に受け入れようとすればきっと苦しむのだと思います。


そして一番びっくりしたのが手術費用です。

通常で400万円。高額医療の保険が効いて、2万8千円・・・

一週間分の部屋代、食事代、機械費用、全て込みでです!

すごな、日本の医療保険制度。

最新記事

すべて表示

決める、ということがとても大事だと実感しています。 決められずにあれこれ考え、悶々としている時間が一番心身に不健康なのだと思いました。 しかしそこを経ないと、自分が本当にどうしたいのかがわからないのも、この私という人間なんだと思います。 それゆえに、これもパターンであったな、と思いました。 毎回思うのですが、一つのパターンを超えると一つ視野が広がり、見える景色も感覚も変わってきます。そして以前の自

自分に嘘をつく、ごまかす。 これって、すごいシンドイことなんだと思いました。 人間って本当によくできていて、自分を誤魔化しながら生きれるようにはできていないのだと思います。きっとそれを続けると、体を壊したり、心を壊したり、精神を病んだりするのだと思いました。 私は今一つの交差点に立っていて、どちらに行くかと悩んでいます。 色々なパターンがごちゃごちゃになって、今しっ散らかっている状態ですが、答えは

自分の思考を観察していると、正しいか間違いか、損か得か、そういった物差で物事を判断しているように思いました。正しく、得であれば良い決断で、間違っていて、損であれば悪い決断として結果を判断しているのだと思います。要は自分にとっての、正しくて得する決断に執着しているのだと思いました。きっと成長とは、この結果に執着しないことなのだと思います。言い換えるならば、自分の間違いも損も受け入れられるということで