• 渡邊 優

今年の夏くらいに、コロナでパターン(自分の持っているものを失いたくない)が大騒ぎして、先生から厳しく接しられたことがありました。

当時はその厳しさが辛く、苦しく、なんでこんなことを言うのだろう?自分のことが嫌いなんじゃないか?など、色々なことを考えていました。そして改めて「厳しさ」というものを考えてみたのです。


今改めて考えてみると、あの厳しさがあったからパターンを超えてこれた。あの苦しさがあったから自分は一回り大きくなれた、あの辛さがあったから、あの痛みがあったからタフになれた。

そう考えてみると、厳しさには人を成長させたり、進歩を促進させる力があるのがわかります。


最近では厳しいことは嫌厭されがちです。きっと、辛い、苦しい、大変、耐えられない、そういったところに目がいくのだと思う。けれども自分の経験を考えると、厳しさには決してそれだけではない、その先にある大きな成長や自由、解放、喜びがついてくるのだと思いました。


人の心の成長とは目に見えなく、一見わかりにくいところもあります。

しかし筋肉や肉体と同じように、精神や心も、厳しくあればあるほど鍛えられるのかもしれません。


自分も同じように、相手のことを思えばこそ、厳しく接しられる人間でありたい。

最新記事

すべて表示

決める、ということがとても大事だと実感しています。 決められずにあれこれ考え、悶々としている時間が一番心身に不健康なのだと思いました。 しかしそこを経ないと、自分が本当にどうしたいのかがわからないのも、この私という人間なんだと思います。 それゆえに、これもパターンであったな、と思いました。 毎回思うのですが、一つのパターンを超えると一つ視野が広がり、見える景色も感覚も変わってきます。そして以前の自

自分に嘘をつく、ごまかす。 これって、すごいシンドイことなんだと思いました。 人間って本当によくできていて、自分を誤魔化しながら生きれるようにはできていないのだと思います。きっとそれを続けると、体を壊したり、心を壊したり、精神を病んだりするのだと思いました。 私は今一つの交差点に立っていて、どちらに行くかと悩んでいます。 色々なパターンがごちゃごちゃになって、今しっ散らかっている状態ですが、答えは

自分の思考を観察していると、正しいか間違いか、損か得か、そういった物差で物事を判断しているように思いました。正しく、得であれば良い決断で、間違っていて、損であれば悪い決断として結果を判断しているのだと思います。要は自分にとっての、正しくて得する決断に執着しているのだと思いました。きっと成長とは、この結果に執着しないことなのだと思います。言い換えるならば、自分の間違いも損も受け入れられるということで