• 渡邊 優

傷つく、心が折れる、ヘコむ、全てパターンが生み出す感情ですが、本当の私は傷つかない、その感覚が最近やっとわかってきた気がします。


観察者であり、選択者である私は、傷ついたり、ヘコんだりする事象をただありのままに見て、そこから何を選ぶのかを選択します。そこには良い悪いのジャッジがなく、どれを選べば生きやすく、魂として成長できるか、そこに主観があるように思いました。


感情というセンサーを頼りにしながら私が決めていく。

そこに傷ついたパターンがあればケアをして救うことができるし、混沌とした世界をいかに平和に生きていくか、それを選択する力が私にはあるのだと思いました。


一見すると傷ついたり凹んだりすることは辛いことですが、魂としては本当の私に帰ってくるチャンスでもあり、成長のチャンスでもあります。


パターンの意思とは無関係に気づきのチャンスを私がお膳立てをする。

そこに、この旅路の奥深さを感じます。

最新記事

すべて表示

喉元過ぎれば熱さ忘れるとは言いますが、本当にそのようで、ワークをして何日かすると、本当に何事もなかったような気分になります。そしてこのワークをするにあたり、ただ自分のパターンをケアするだけではなく、改めて自分のことをちゃんと見つめ、理解し、受け止める。ということだと思いました。 自分を見るというと、最初の頃は自分のあら探しのように悪いところばかりが目につき、自分を見ることに抵抗感を感じていました。

自分を見ていると、自分のパターンのことや特徴がわかってきます。 そしてここがミソなんですが「きっとみんなも同じだろう」という思いも同時にあります。 しかし勉強会やグループで話を聞いていると、決して同じではないことがわかってきます。 人によって全く違う個性があって、取り組んでいる、乗り越えようとしているのもが全く別物なんです。しかし、自分がそうだからきっとみんなも同じだろう・・・これはなんなんだ?と

久しぶりに、ガツンときた・・出来事がありました。 夜も寝つきが悪く、メチャクチャ落ち込みました。 自分一人の問題ではないのでここで書くことは控えさせていただきますが、本当の久々に自分を責め倒しました。自分だけならどうでもいい、どんな罰でも甘んじて受けよう。しかし、関係のない人にまで迷惑をかけたくない、そんな強い思いが自分を責めていたんです。 勿論その後ワークをしましたが、それでも後味の悪い出来事で