• 渡邊 優

私が長年ケアし続けているパターンの一つに、他人の評価が怖いという黒パターンがあります。

これはワークを始めた初期の頃からずーっとあるパターンですが、これだけ長くケアしても語りかけをすればいまだに込み上げてくるものがあります。それほど、他人の評価によって自分が価値づけられているとパターンは思っているのです。


他人の評価による怖いところは、自分は見下されていないか、嫌われていないか、認められていないか、馬鹿にされているか、笑われているか、軽蔑されていないか、引かれていないか、白い目で見られていないか。そしてそう思われることによる自分への情けなさ、恥ずかしさ、悔しさ、腹立たしさ、だからそう思われないために最高の自分を必死に見せようとさえします。

しかしそれを続けるとフラストレーションが溜まり苦しみに変わります。

なぜならそんな自分には嘘と無理があるからです。

心は正直です。


また他人の評価を軸にしてしまうと、他人中心で生きてしまうことにもなります。

それは自分の人生を生きる上で本望ではありません。


自分の人生とは、自分軸で生きることです。

それは自分で決めていいということです。

動機も、意味づけも。


以前の白パターンは、◯もう他人の評価に囚われて自分を苦しめるのはやめよう。でしたが、これからは、◯もう他人の評価は怖くない、私が決めてやっていく。

こちらの方が、今はしっくりくるかな。

最新記事

すべて表示

喉元過ぎれば熱さ忘れるとは言いますが、本当にそのようで、ワークをして何日かすると、本当に何事もなかったような気分になります。そしてこのワークをするにあたり、ただ自分のパターンをケアするだけではなく、改めて自分のことをちゃんと見つめ、理解し、受け止める。ということだと思いました。 自分を見るというと、最初の頃は自分のあら探しのように悪いところばかりが目につき、自分を見ることに抵抗感を感じていました。

自分を見ていると、自分のパターンのことや特徴がわかってきます。 そしてここがミソなんですが「きっとみんなも同じだろう」という思いも同時にあります。 しかし勉強会やグループで話を聞いていると、決して同じではないことがわかってきます。 人によって全く違う個性があって、取り組んでいる、乗り越えようとしているのもが全く別物なんです。しかし、自分がそうだからきっとみんなも同じだろう・・・これはなんなんだ?と

久しぶりに、ガツンときた・・出来事がありました。 夜も寝つきが悪く、メチャクチャ落ち込みました。 自分一人の問題ではないのでここで書くことは控えさせていただきますが、本当の久々に自分を責め倒しました。自分だけならどうでもいい、どんな罰でも甘んじて受けよう。しかし、関係のない人にまで迷惑をかけたくない、そんな強い思いが自分を責めていたんです。 勿論その後ワークをしましたが、それでも後味の悪い出来事で