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  • 執筆者の写真渡邊 優

主体性、それは自分の意志の表われだと思います。しかしこの主体性というもの、こうしなさい、ああしなさいと育った義務教育ではなかなか育つものではなかったのかもしれません。

また自分の意識次第でなんとでもなるのが主体性だと思います。


最近この主体性を持つというものを意識しています。それは自分で考え、覚悟を決め、行動に移すというものです。具体的にはいつもの、白パターンを選び、行動に移すというものですが、ただワークをするのとも違い、実際に体を動かしたり、口に出したりすることでその意識は拡大し、現実に結びついてくるのだと思いました。


そこには、意志力、行動力、継続力、そういった普遍的な力を使いながら自分を創創し、そして現実をも創造していくのだと思います。そしてそれらを黒パターンではなく、白パターンを使いながら創造することに意味があるのだと思います。不安や恐れからの行動ではなく、主体性を持った意志力やリーダーシップからなる行動です。


そう考えると主体性とは、誰もが持つものであり、主体性の内容においても、自分で自由に決めていいものだと思いました。


少しづつこの主体性というものを育てていこうと思います。

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