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  • 執筆者の写真渡邊 優

自分を見ていると、プライドがまだまだ高いな〜と思ういときがあります。

それは誰かに何かを言われたり、されたりした時、このプライドが出てきて、プライドを傷つけられた、プライドが許さないと言います。


また自分のプライドを守るためならなんでもするとも言います。

それは言い訳であったり、人のせいにしたり、他人を責めたりして、とかく自分が悪くないように、自分のせいにならないようにと、自分を守るための保身でもあるのです。


そしてこのプライドというもの、とても偏屈で頑固なのだと思いました。

どんな頑固さかというと、それはプライドが高いがゆえに、ごめんなさいと謝ることができなかったり、自分の間違いを認められなかったり、自分の弱さを認められなかったり、自他を許せなかったり、他人を認められなかったりと、プライドを守るための言い訳と防御に奔走します。


そう考えるとプライドって、自分を守る為の鎧であり、自分を大きく見せるための鎧なんだな〜と思いました。しかもその鎧は現実的ではなく、実態のない幻の鎧です。


この鎧を脱ぐのにはとても勇気がいるのだけど、重い鎧を脱いで、自分を楽にさせてあげよう。

そんな風に思いました。

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