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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 10月5日
  • 読了時間: 1分

昔々のノートを見ていて「パターンは尊いもの」と書かれていました。

もう随分前に学んだことですが、こういう捉え方をしていなかったな、と反省しました。


パターンはエゴや自我とも言われますが、これらはあまりいい捉え方はされません。寧ろ厄介な存在に思われがちです。しかしこのノートに書かれていたことは、今までこのパターンが自分を生かしてくれてきた。「私」の代わりになって自分を生かしてくれたというものです。


確かにそうで、パターンが必死に働いてこの命を生かしてきたのです。思い返しても、怖がりながら、不安を抱えながら頑張ってきたのが痛いほどわかります。そのパターンの歴史を思うと、尊いものだということがよくわかりました。


パターンで生きパターンで頑張った歴史、それは決してダメなものではなく、必要であった尊い歴史なのだと思いました。そんな捉え方で、これからもパターンに接してこうと思います。

 
 
 

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