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  • 執筆者の写真渡邊 優

昨日はピアノの体験レッスンに行ってきました。

この私勝手にですね、先生のことを、キュートで、お茶目で、可愛くて、若い先生だとばかりに想像してたんです。この時点で相当バカ丸出しですが、そんな私の目の前に現れた先生は御年75歳という年配の方でした。バカな私が勝手に思い描いていた理想は一瞬で吹き飛ばされたのです。


しかも、この道50年という大ベテランの先生で、先生からは「基礎をみっちりやるから私は厳しいと言われてるの、自分でもそう思う」と間髪入れずに言われました。


え〜、分かりますとも・・

75歳とは思えないハキハキとした口調、頭の回転のよさ、鋭い眼光を持った目力は強力で、睨まれたらビビっちゃうのは間違いなく、どこからどう見ても厳しくて怖い先生なのは言われなくてもすぐに分かりました。


そして少し話すと、先生は今は、子供はなるべく教えないようにしているとのこと、なんでですか?と質問すると、だっていつ死ぬか分からないでしょ!と・・・そうですね、と思わず答えちゃいました。


でもそんなことをサラリと言えちゃう先生が、どこかかっこよくも見えたのです。

自然で、飾りがなく、自分の哲学をしっかり持っているあたり、なんだかこの先生から教えてもらおうと思いました。


それは人にものを教える、と言うことを教えてもらえそうな気がしたんです。自分の哲学を持つことや、相手の位置まで降りていくこと、親身になること、厳しさ、厳しさの意味、そしてベテラン感漂う「この先生の言う通りにやったら絶対に上手くなるんだろうな〜」という安心感。

そんな人間臭さというか、人間らしさというか、そんなことを学べそうな気がしました。


そして体験レッスンが始まってからも、ト音記号わかるでしょ?中学校でやったよね、と言われてもサッパリ覚えておらず、1ミリも記憶にないため、まずそこから教えてもらいました。ト音記号にこんな役目があったとはつゆ知らず、生まれて初めて知ったのです。




そして帰ってきてから大事なことを思い出しました。「アッ、俺、音楽1だったんだ。しかも中学3年間ずっとだった気がする」大丈夫かな、俺、と。


そんな珍道中のピアノレッスンの日記をたまに書かせてもらいます。


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