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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 10月30日
  • 読了時間: 2分

昨日一昨日と京都奈良に行ってきました。千年前にタイムスリップした古都巡りです。

中学生のとき、修学旅行で一度行っていますが、当時の記憶は全くなく、一体何を見て来たんだ自分は?と違う意味で驚かされました。もしかしたら私が死んだ後も、自分は一体何しに地球へ、今生に行ったんだ?と後から気づかないよう、今をしっかり生きようと改めて思ったのが、京都での最初の印象でした。


ツアーの方から色々教えて頂いた中で印象的だったのが、仏像や銅像は見学するものではなく、祈りを捧げるものだということです。ただ見るだけではなく、是非千年前の時の霊能者たちが作った仏像で祈りを捧げて、その祈りを天に上げて下さいというものでした。


当時そこで何を学び、何に気づき、どんな思いで修行僧たちが祈りを捧げて来たのか。そんな想像を膨らませながら私も同じ仏像の前で祈りを捧げ、今生をしっかり生きると誓ってきたのです。


今も昔も変わらずにそこにあるもの。

それは私たちの内にある、本当の「私」それだけだと思います。

それを求め、それで生き、そして天と共にある。あらゆる宗教も教えもその一点に集約されるのではないかいと思いました。


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そしてまた新幹線でタイムスリップして現代へ帰って来ました。

でもなぜだろう、下の写真がオモチャに見えるのは


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