top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

ここ最近、以前の日記に書いたインナーチャイルドと共にいます。

しかし子供って健気ですね。辛く、苦しいことがあってもなるべく表に出そうとしないし、心配させようともしないで我慢する。こういうのを、健気というんだな、と思いました。


子供はも一人では生きられないということを本能的にわかっています。だから、健気にならざるを得ないのだと思います。自身のインナーチャイルドと共にいると、当時の気持ちが痛いほど伝わってきます。弱々しく、細々とした、色んな感情が入り混じった子供の思い。

そこに現れる絶対という存在の父親。恐怖と不安に怯えた状態。


何年も何年もそこで止まったままでいました。

今からでも遅くない、しっかりと自身のインナーチャイルドを救済して行こうと思います。

これこそ、自分にしかできないことだ。

最新記事

すべて表示

ただそこにあるものとして

パターンに対して、パターンはいけないもの、ダメなもの、利己的で不快なもの、自他に迷惑をかけるもの、以前はそんな風に捉えていました。だってパターンのせいで苦しい思いもするし、怒られるし、まだ自分はそんなことに囚われているのかと自分を責めてしまうし、自分のレベルの低さを思い知ってしまい、そんな自分が受け入れられないし嫌だったんです。 でもパターンって本当に子供で、彼らが求めているものは、愛されたいとい

引き受ける

自分の中に起こっていることを、全て引き受ける。 といっても「あんにゃろ〜あんなこと言いやがって、このやろ〜こんなことしやがって、ムカつくやつだ!」などと思うこともしばしばあります。そして改めて思うのは「と、あなたは思っているんだよね」という言葉を紡いで、結局全て自分の中で起こっていることは全部自分の問題なんだよな〜と、思えるようになったことが、私の最近の一番の変化だと思います。 この、思えるように

求めているもの

今改めて、本当に私が求めているものを考えています。 以前であれば、他より優れることやそれを証明できるもの、もしくは他より良い持ち物など、自分がどれだけそれがあることで幸せに成功しているか、そんな自慢ができるものだったと思います。また自由もありました。それはお金で買える自由です。時間や食事に、好きな時に好きなものを食べたり、したり、買えたりと、それこそパターンが望む自由です。 そして改めて考えると、

תגובות


התגובות הושבתו לפוסט הזה.
bottom of page