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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2024年9月26日
  • 読了時間: 2分

私は小さい頃から何か思い通りにいかないと癇癪を起こし、周りを困らせていました。

特に覚えているのは小学校1年生の頃、隣の同級生のひろちゃんのお母さんに叱られたことです。

何が思いようにいかなかったからなのか、もしくは自分が決めたこと、やっていることを止められたからなのか、何だったのかは定かではありませんが、何かで癇癪を起こして、叱られたのを覚えています。


そして先日も丁度ピアノの練習をしているとき、兄からの電話があり、自分の邪魔をして欲しくない、いや、配慮してほしいとすら思ったのです。

そして先日先生とのセッションで、そのパターンが明らかになったのでした。それは・・・・自分は配慮されるだけの人間だ、もしくは特別だと思っているということです。


正直ショックでした。ここまで自分が傲慢だったとは自分で気づかずにいたからです。

実際には「真理の探究をしている自分は特別だ」というパターンです。だから、特別な自分の邪魔をして欲しくない、配慮してほしいと思うのです。


今思い返すと、このパターンがあらゆる怒りやイライラを引き起こしていることに気が付きます。

やっと分かった、自分は特別だと思う、これ系のパターン。

それこそ随分昔から探していたと思います。この正体を・・・

そしてやっと見つけることができたのです。


ここから本当の自分の構築が、始まる気がします。

 
 
 

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