top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

オレオレ!詐欺!ではありませんが、先日も、どうよ俺!のパターンが出くわしたことがありました。


江ノ島でイカ釣りしていた時、イカが掛かり、糸を巻き取っていた際に、どことなく誇らしげにしている自分がいたんです。「どうよ!釣れちゃった俺!すごいでしょ、オレ!ORE!」と思ったその時、イカがピュ〜っと針から外れて逃げていっちゃったのです。あ〜あ〜あ〜〜〜と思った時は時すでに遅し、イカが2度と帰ってくることはありませんでした。完全に、どうよ俺の祟り・・・


ショボーーンとしながら今の出来事を反省していました。

「すごいと思われたい」というパターンでやってしまった結果です。

あれほど自分は平凡だと身に染みてわかったはずなのに、またしてもいつものパターンで反応してしまったのです。


その後家に帰り「もうすごいと思われなくてもいい、平凡な自分を受け入れよう」を改めて選びました。


今日は、それを選んだままリベンジです。

最新記事

すべて表示

ただそこにあるものとして

パターンに対して、パターンはいけないもの、ダメなもの、利己的で不快なもの、自他に迷惑をかけるもの、以前はそんな風に捉えていました。だってパターンのせいで苦しい思いもするし、怒られるし、まだ自分はそんなことに囚われているのかと自分を責めてしまうし、自分のレベルの低さを思い知ってしまい、そんな自分が受け入れられないし嫌だったんです。 でもパターンって本当に子供で、彼らが求めているものは、愛されたいとい

引き受ける

自分の中に起こっていることを、全て引き受ける。 といっても「あんにゃろ〜あんなこと言いやがって、このやろ〜こんなことしやがって、ムカつくやつだ!」などと思うこともしばしばあります。そして改めて思うのは「と、あなたは思っているんだよね」という言葉を紡いで、結局全て自分の中で起こっていることは全部自分の問題なんだよな〜と、思えるようになったことが、私の最近の一番の変化だと思います。 この、思えるように

求めているもの

今改めて、本当に私が求めているものを考えています。 以前であれば、他より優れることやそれを証明できるもの、もしくは他より良い持ち物など、自分がどれだけそれがあることで幸せに成功しているか、そんな自慢ができるものだったと思います。また自由もありました。それはお金で買える自由です。時間や食事に、好きな時に好きなものを食べたり、したり、買えたりと、それこそパターンが望む自由です。 そして改めて考えると、

Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page