• 渡邊 優

オレオレ!詐欺!ではありませんが、先日も、どうよ俺!のパターンが出くわしたことがありました。


江ノ島でイカ釣りしていた時、イカが掛かり、糸を巻き取っていた際に、どことなく誇らしげにしている自分がいたんです。「どうよ!釣れちゃった俺!すごいでしょ、オレ!ORE!」と思ったその時、イカがピュ〜っと針から外れて逃げていっちゃったのです。あ〜あ〜あ〜〜〜と思った時は時すでに遅し、イカが2度と帰ってくることはありませんでした。完全に、どうよ俺の祟り・・・


ショボーーンとしながら今の出来事を反省していました。

「すごいと思われたい」というパターンでやってしまった結果です。

あれほど自分は平凡だと身に染みてわかったはずなのに、またしてもいつものパターンで反応してしまったのです。


その後家に帰り「もうすごいと思われなくてもいい、平凡な自分を受け入れよう」を改めて選びました。


今日は、それを選んだままリベンジです。

最新記事

すべて表示

決める、ということがとても大事だと実感しています。 決められずにあれこれ考え、悶々としている時間が一番心身に不健康なのだと思いました。 しかしそこを経ないと、自分が本当にどうしたいのかがわからないのも、この私という人間なんだと思います。 それゆえに、これもパターンであったな、と思いました。 毎回思うのですが、一つのパターンを超えると一つ視野が広がり、見える景色も感覚も変わってきます。そして以前の自

自分に嘘をつく、ごまかす。 これって、すごいシンドイことなんだと思いました。 人間って本当によくできていて、自分を誤魔化しながら生きれるようにはできていないのだと思います。きっとそれを続けると、体を壊したり、心を壊したり、精神を病んだりするのだと思いました。 私は今一つの交差点に立っていて、どちらに行くかと悩んでいます。 色々なパターンがごちゃごちゃになって、今しっ散らかっている状態ですが、答えは

自分の思考を観察していると、正しいか間違いか、損か得か、そういった物差で物事を判断しているように思いました。正しく、得であれば良い決断で、間違っていて、損であれば悪い決断として結果を判断しているのだと思います。要は自分にとっての、正しくて得する決断に執着しているのだと思いました。きっと成長とは、この結果に執着しないことなのだと思います。言い換えるならば、自分の間違いも損も受け入れられるということで