• 渡邊 優

そう、すごいやつになりたかった。

なんでかって?

だってすごいやつになれたらさ、皆んなから尊敬されて大切にされるじゃん。注目も浴びて羨ましがられるしきっとモテモテだよ。

思い通りの人生、イージーモード。

安心安全、余裕のよっちゃん。

と、ここまでがパターンの言い分。


自らパソコンを打っていても、いいなそれ、と思ってしまうほど強烈な魅力がそこにはある。

「パターンの望む」幸せだな。


しかしここで考えてほしい。

それが本当に幸せか?パターンの望むすごいやつになったらきっと、他人の気持ちが分からないやつになると思うし、生意気で高飛車な嫌なやつにも思える。ムカつくやろーだね。それに挫折した時、自分で自分を支えられなくなるかも。うん、心折れて立ち直れなくなるね。


でもさ、本当にすごいやつってさ、自分のことをすごいだなんて言わないし思ってもいないでしょ。

優しくて腰が低くてさ、リーダーシップがあって強くて人の力になる人じゃない?


そう思うとさ、パターンの望む幸せって一時的で、自分本意ですぐに飽きちゃうよ。

いや、物足りなくなってもっともっとと際限なく望むんだな。欲望だね。


それに引き換え本当にすごいやつってさ、良い顔してるよ。満ち足りた幸せそうな笑顔。

すごいやつになれなくてもさ、そんな笑顔の持ち主にはなりたいね!

ゲット!


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